取調拒否権の思想(8)


被疑者は法主体

 七回にわたって黙秘権と取調拒否権について検討してきた。黙秘権を実践するためには取調拒否権が不可欠である。取調拒否権を実践するためには出房拒否が効果的である。留置場(代用監獄)に収容された被疑者には留置場に滞留義務があり、取調室に行く自由はないから、当然、被疑者は出房してはならず、取調室に行く必要もなく、行ってはいけない。この実践によって被疑者の黙秘権行使ができるし、自白強要を防止することができる。

 これまで弁護実務も刑事訴訟法学も、留置場収容された被疑者が取調室に行って取調べを受けることを疑わずにきた。前回紹介した学説が大方の賛同を得ることができなかったのは、なぜか。弁護実務も学説も、法的根拠なしに、被疑者は取調室で取調べを受けるものと考えてきたからであろう。取調受忍義務を否定する学説でさえ、取調室から退去することができるとする程度であって、被疑者が取調室に行くことを当然の前提としてきた。刑事訴訟法第一九八条一項但書の反対解釈に囚われてきたと言ってよい。

 なぜなのか。弁護実務も学説も、被疑者の法主体性を積極的に認めてこなかったのではないだろうか。学説は一般に、訴訟の主体として、裁判所、検察官、被告人及び弁護人を掲げてきた。被告人はいちおう法主体として位置づけられている。

 ところが、起訴前手続、捜査段階については、捜査の端緒、任意捜査の原則、逮捕と勾留、証拠の収集・保全、被疑者の取調べなどを論じた後に、防御(黙秘権、弁護人選任権、外部交通権、証拠保全請求など)が論じられるにとどまってきた。明らかに捜査機関の活動に主に焦点が当てられている。捜査の主体は警察等の捜査機関とされる。弾劾的捜査観に立つ論者であっても、捜査段階の議論の仕方は変わらない。被疑者は捜査の客体として登場する。捜査の客体として位置づけられた被疑者に一定程度の「主体性」を仮構するために黙秘権や弁護人選任権が追加的・補助的に論じられる。あくまでも仮の主体としか見ないため、黙秘権の実践が論じられることはなく、弁護人の活動に焦点が当てられる。捜査の客体から「弁護の客体」への変化にすぎない。

 近代市民法は、自由・平等・博愛といったスローガンに代表される主体としての市民の法体系である。私的所有、契約自由の原則、国民主権、個人の尊重、内心の自由、表現の自由などの市民法原理は、刑事法の領域では、人身の自由、無罪推定、適正手続の保障、黙秘権、拷問の禁止、罪刑法定原則、行為原則などの諸原則に集約される。

 しかし、刑事訴訟法学は、裁判段階の被告人の主体性を確立することに力を注いだが、起訴前の被疑者については仮の主体性しか認めてこなかったのではないだろうか。  

 なるほど被疑者は自らの意思に反して捜査の客体として引き出されるのが実態である。そうであっても、否、逆にそうだからこそ、被疑者を法主体として位置づける理論が不可欠であるはずだ。被疑者に黙秘権を認めるのであれば、単に黙秘権があることや、黙秘権行使の帰結・効果だけを論じるのではなく、黙秘権を行使できる客観的状況をつくり出すことこそが弁護実務と学説の任務だったはずである。黙秘権を有する被疑者を取調室において捜査官による執拗な取調べに晒してきた現状は、被疑者の主体性を結果的に剥奪する実務を容認したものと言わざるを得ない。


権利の要諦

 近時、取調可視化や弁護人立会いが強調されている。可視化も立会いも重要であるが、本筋ではない。本筋はまず取調受忍義務という名の供述強要を否定することであり、黙秘権行使の実践である。法原則を棚上げした弁護戦術論だけでは事態の改善は望めないだろう。

 憲法第一三条はすべての市民に個人の尊重を認めている。憲法第三一条は適正手続きを保障し、憲法第三七条三項は被告人に弁護権を保障しているが、被疑者にも当然保障するべきである。憲法第三八条一項は不利益供述の強要を禁じ、二項は強制等による自白の証拠能力を否定している。刑事訴訟法第一九八条二項は被疑者の供述拒否権を定め、訴訟主体である被告人にも黙秘権が認められている。それでは身柄拘束された被疑者は、どうするべきか。

 第一に、弁護人を選任することは言うまでもない。以下の判断の際も基本的に弁護人と相談のうえ判断するべきである。弁護人と相談できない段階では、つねに取調拒否権行使が正しい。

 第二に、たとえ一部でも被疑事実を否認する場合、弁護人と相談の上で黙秘権行使を検討し、黙秘権行使を決めた場合は、その旨を留置担当官に告げて、取調室行きを拒否するべきである。留置場の房から出ず、弁解録取署の作成や取調べと称する取調室への連行を拒否するのである。

 第三に、被疑事実を認める場合であっても、必要のない過剰な取調べを拒否することである。捜査官は余罪追及と称して、被疑者が認めた被疑事実以外の事実について取調べを強行することがあるが、その際は取調拒否権行使であり、取調室から房に戻るべきである。

 第四に、取調室に行って取調べを受ける場合、まずは弁護人立会いを要求するべきである。

 第五に、取調べを受ける場合、全面可視化(録画録音)を要求するべきである。つまみぐいの一部可視化の場合は、取調拒否権に戻るべきである。

 次に弁護人は、どうするべきか。最低限、次のことを検討するべきである。

 第一に、被疑者が身柄拘束された場合、初回接見時に黙秘権があることを告げ、黙秘権を行使する場合と行使しない場合について説明する。被疑者が黙秘権行使を選択した場合には、取調拒否権と出房拒否権を説明するべきである。被疑者には取調受忍義務はなく、出房する必要はなく、留置場に滞留するようにと、助言するべきである。

 第二に、被疑者が黙秘権不行使を選択した場合は、取調室に行かせることになる。そこで弁護人は立会いを要求するべきである。立会いがやむを得ない理由から実現できない場合であっても、取調べ直前及び直後に接見を要求するべきである。

 第三に、被疑者が取調べを受ける場合は、その条件として全面可視化を要求するべきである。全面可視化が容れられない場合は取調べを拒否させるべきである。

 このテーマは今回でいったん終わりとするが、論じ残した点を後日、再論したい。 

救援連絡センター『救援』526号(2013年2月)
http://maeda-akira.blogspot.jp/2013/02/blog-post_13.html