Aさんの逮捕とその後の経緯


●はじめに

 6月16日、「暴行罪」容疑で逮捕され、いまなお原宿警察署に勾留され続けているAさんは、警察署の管理下で、冤罪から自身を守るために、「黙秘権」を行使して警察署の中でがんばっています。
 Aさんは警察署の管理下に置かれ、自らにかけられた疑いを晴らすことに取りかかることすらできません。書籍や資料の持ち込みは自由にできず、筆記用具の使用や秘密の保持も保障すらされていません。さらに現在「接見禁止処分」がつけられ、警察署の外とは弁護士を通じてしか連絡を取ることができない状況です。Aさんは、外の状況を知り、自らの主張を十分展開する条件を奪われています。
 そのAさんに関する、さまざまな誤解や憶測に基づく誤った情報が、ネット上などに散見されています。それらの不正確な情報が、Aさんにとって不利益をもたらすおそれもあります。私たちは、この間の事実を明らかにしつつ、がんばっているAさんの意思に応えて、ともに闘っていきたいと思います。

●一方的な暴行を受けて逮捕

 16日当日、Aさんは、新大久保で行われていたレイシストのデモに対するカウンターの側にいたのですが、突如あらわれたレイシストに抗議する過程で、「暴行」容疑をデッチ上げられ逮捕されました。襲いかかってきた公安刑事・機動隊員によってAさんは大久保通りのアスファルトの上に引き倒され、転がされ、5、6人もにのしかかられ、足の関節を捻じ曲げられるなどしたのです。
 その場にいたAさんの友人は、近くにいた主催者側のメンバーから、「ここに連絡するように」と言われ、主催者側で依頼していた弁護士の名刺を手渡されました。Aさんの友人は、その名刺に記されていた弁護士の連絡先に何度も電話しましたが、つながらなかったので留守番電話に伝言を残しておきました。あとでわかったことですが、デモの出発以前にカウンター側から2名の弾圧が出ており、被弾圧者の防御のため奔走されていたようです。
 時間ばかりが過ぎていく中で、友人たちは救援連絡センターに連絡をとり、Aさんが連行された新宿署に、すぐに接見に入ることのできる弁護士を紹介してもらいました。Aさんもまた同じ頃、救援連絡センターの指定する弁護士を選任することだけ警察に告げ、その後は一切黙秘しています。

●在特会の弁護士が接見を画策

 当日の被逮捕者は、在特会側も含めて8名でした。新宿署では大部屋での取り調べが行われていたそうです。複数の被逮捕者がその一室に集められ、うすい仕切りを隔てて、互いの話が聞こえるような場所で「取り調べ」がなされたということです。やがて、救援連絡センターの弁護士がAさんに接見しました。このとき、在特会側の弁護士が、情報収集のためか、Aさんへの接見を画策していることがわかりました。そのことを告げられた救援連絡センターの弁護士は、防御のためにセンター指定の弁護士以外の接見を断るように指示しました。その後、カウンター側の弁護士がAさんへの接見を試みてくれたのですが、こうした事情があったために、結果的にその接見申し入れを断ることとなりました。
 一部で誤解されているような、「弁護士の拒絶」とか「連携の拒否」などということは、したがって事実に反しています。逮捕直後から、友人たちは主催者側と繰り返し連絡をとっていますし、カウンター側の弁護士にもその後、直接事情説明をしています。このことは、後日弁護士ご本人によってあらためて指摘されているとおりです。

●分断に抗して Aさんの闘いにも注目を

 弾圧の目的の一つは運動を分断することにあります。はじめに述べたように、不正確な情報が拡大することで、長期勾留の原因になるなど、Aさんにとっての不利益をもたらすおそれもあります。このことを、ぜひともご理解ください。
 カウンター側にいた4人の逮捕者のうち3人は、幸い早期に釈放されました。1人残っているAさんについても、ぜひ関心と注目をお願いします。

*Aさんが闘っている「黙秘」の意味については、救援連絡センターのHPをご覧ください。
 http://qc.sanpal.co.jp/suppression/silence/